沿 革
協会の歩みと懐かしき人々 副会長 木下秀夫
 大阪精神科病院協会会員病院の皆様、いつも協会の運営にご協力、ご支援を賜わりまして誠にありがとうございます。
 小生は、20年強、当協会の理事として就任させて頂き、以降、幾重の先生方が手取り足取りで育成して下さり、世間を知ることが出来ました。
 今は懐かしい寛大で優しい豪放磊落な河ア茂先生、本当に真面目で実直で日本のシンクロナイズドスイミングを創立された浅香山病院の高橋清彦先生、強面に見えて実は優しい実に患者さんを大切にされていたさわ病院の澤先生のお父様、小生の母親の故郷と同じ吉野の京阪病院の西浦先生と西浦先生のお父様、社会のしきたりを教えて下さった小阪病院の東先生のお母様、是々非々を語られ、筋を通される豪気な美原病院の片岡先生、近隣のよしみで、病院にお招き頂き、テニスを指導して下さった丹比荘病院の松田先生、一昔前の大精協理事の偉大な先生方と、その理事会風景を懐かしく思い出します。当時の理事会は、その時代の理事会の重みがありました。
 今の理事会は、その頃の理事会に較べると非常に民主的になって誰でもが意見を気軽に言える雰囲気になっています。
 この雰囲気を創られたのはねや川サナトリウムの長尾喜八郎先生、榎坂病院の関山先生です。
 いずれも元大精協会長です。現大精協会長、河ア建人先生(日精協副会長)のお人柄と大らかさ、ご指導力と適格なご判断、実行力、けん引力で大船に乗ったような安心感を与えて下さっています。
 お二人の副会長、山本先生、南先生も立派な方々で、小生はいつも河ア会長と共に、この二人の副会長をも尊敬しています。
 山本先生の偉業は、日本精神科病院協会の雑誌を永年に亘り編集されて来られたこと、新しい日精協の第1回学術大会の責任者として見事に大成功されたこと。その他学術関係の総指揮者として役割を全うされています。
また、南副会長は、日精協では日精協会長指名の理事として山崎会長、河ア副会長と力を合わせて精神障害者と会員病院のために尽力されています。さらに、大精協では救急担当の副会長として、澤理事と共に、これまた粉骨砕身の努力をなさっています。
 いつも小生司会の不手際で、大精協例会の時間がいつもギリギリになってしまい、会員病院の皆様方(順不同にて、院長先生、副院長先生、事務長様、看護部長様、医事課長様等々)のご意見やご質問をお受け出来ないことが多いのですが、小生の希望ではこの会員病院の皆様が一堂に会される大精協例会で、色々な意見交換が出来れば良いのになあと思っています。
 会員病院には、優秀な人材、才覚豊かな人々がいらっしゃいますから。
 これから、我々が精神障害者のために、また、共に働いて下さっている職員のために、どのようにすれば良いか、当事者意識を持って、皆で知恵を出し合って考えて行きましょう。
 小生も副会長として職責を果たして参りますので、ご協力よろしくお願い申し上げます。
●大精協略年表
明治期より活動記録があるが、内容は定かではない。

戦時中に大阪府代用精神科病院協会設立される

昭和25年1月15日 大阪府精神科病院協会発足

昭和25年5月1日 大阪府指定精神病院病院協会へ名称変更(会長 山本友香)

昭和32年2月23日 大阪精神病院協会へと名称変更(会長 東武夫)

昭和41年9月21日 社団法人として認可される

昭和42年9月1日 附属准看護学院開校

平成3年12月 大阪府からの委託により大阪府精神科救急医療体制が発足

平成7年  阪神淡路大震災発生、救援活動を実施
        36病院が参加したが、震災の被害も23病院で確認

平成10年4月 大阪府精神科救急医療体制を強化、365日対応になる
●歴代会長(法人化後)
初代 澤潤一(さわ病院)
2代 高橋清彦(浅香山病院)
3代 河ア茂(水間病院)
4代 阪本健二(阪本病院)
5代 長尾喜八郎(寝屋川サナトリウム)
6代 関山守洋(榎坂病院)
7代 河ア建人(水間病院)
一般社団法人 大阪精神科病院協会
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